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zoom RSS 四天王屋敷の探索C

<<   作成日時 : 2018/04/05 10:23   >>

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 もう一つの四天王屋敷はどこにあったのか?私は今、それは、大平山にあったのではないか。
 草ケ部村の西隣りの菊山村は古都荘に属していましたが、江戸時代には大廻り小廻山の西麓の大平山の採草権をめぐっての争いが絶えませんでした。
 しかし、古代の山陽道が、大廻り小廻山の麓から備前国府に通じており、国司の逃げ城であったとすると、菊山村は、大平山から山城への正面口であり、地元で三の木戸とよばれてきた水門(城門)の跡も遺されていることから、私は菊山が大廻り小廻山城の正面入口であったと考えています。
ちなみに大廻り小廻山の南麓は古代の海であり、東麓を流れる吉井川水系の砂川で蓄積された湿地帯を開墾した条里制水田が麓まで迫っています。
そして菊山は車塚古墳や備前国府のある旭川水系の古都荘へ通じる要所であったのではないか? 
菊山はキヤマ、城(キ)山? 時代検証はさておき、菊山の辺りのタメ池には製鉄跡のカナクソが散在していることから、大廻り小廻山城石積を築いた渡来系の秦氏の石工や鍛冶工房の拠点であったのではないか。その末裔が菊山や草ケ部に定着していたと考えています。
 では、 大平山の四天王屋敷はどこにあったのか? 夢は果てしなく広がります。

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