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zoom RSS 四天王屋敷の探索B

<<   作成日時 : 2018/04/03 22:21   >>

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 大廻小廻山城の築城の時期は不明ですが、「日本書記」によれば、天智3年(664)に、「白村江の敗戦によって唐・新羅の脅威にさらされた倭は、有事に備えた伝達手段として烟(けむり)や火をあげる烽火(のろし)を整備、また西海防備のための防人を置いて外敵の侵攻に備えた。そして百済からの亡命した官人の指揮のもと、水城(みずき)、大野城など、太宰府の防衛施設」を造営したと記されています。
 その福岡県太宰府市の四天王山系に築かれた大城址は、近くに設けられた大宰府の羅城ともいわれる防衛施設であり、746年には城域に観音寺が造営されていることからすると、大廻小廻山城の城跡に造営された寺の入口に四天王のお堂が配置されていたのでは。
 また大廻小廻山城の北方には古代山陽道と備前国府があり、地元で一ノ木戸、二ノ木戸と呼ばれている石積水門の残されている谷は湯屋谷の奥でにあり、そして麓の村には観音寺の地名も残されていることからして、池田家文書に描かれている小廻山の古寺院は、現存する築地山常楽寺に由来する観音寺の跡ではないか。
 そして北の四天王屋敷は、この湯屋谷にあったのでは。そして、湯屋谷の四天王屋敷の跡はどこか? 

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