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zoom RSS 建設中の東京タワーの灯り

<<   作成日時 : 2017/04/25 18:24   >>

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昭和32年12月、関東特有の木枯らしの吹く夜、校庭に出ると、南の方向に建設中の東京タワーの灯りが赤く輝いていました。 
映画ALWAYS三丁目の夕日で、薬師丸ひろ子らが東京タワーが見える下町での生活を描いていますが、中野の駅前の街頭テレビには、力道山などのプロレス中継に観客が集まっていました。
私は、昭和32年8月末の夕刻。岡山駅のホームで職場の同僚に見送られて、蒸気機関車に牽引されていた特急つばめで上京しました。
 夕刻発車する 岡山駅のホームには、転勤する仲間などを送る人々で賑い、列車が見えなくなるまで、万歳、万歳と手を振っていました。
 私はこの年、岡山県庁からの委託生として、警察通信學校に入校するため上京しました。4カ月間の講習でしたが、最新の超短波無線機の理論や保守などの特訓を受けました。
 中野の警察大学校の校舎や学生寮は、旧陸軍の中野電信隊の兵舎を改修した建物で、北は旭川、南は鹿児島から集まった学生は、紐で上下に開閉する窓の昔ながらの兵舎に鉄製のベッドを並べ、カキ色の軍隊毛布にくるまり、秋も深まると石炭ストーブを燃やして、お国自慢に花を咲かせていました。そして深夜、お腹をすかせてすすった、出前の黒い出汁の信州蕎麦の美味しかったこと。あの時の仲間は皆さんお元気でしょうか。
 大切に保管していた入学案内を見ると、入校のための移動手続きとして、こんなことが書かれていました。
 ○移動手続き及び補助米について・・・・。
 移動の際は必ず警察通信學校に入校の旨明らかにし米穀についてマル特扱いとし、入校日以降は学校で受配で出来るようにすること。生産者の場合は入校期間中は消費者の扱いとなるので当該期間の必要量を持参または輸送すること(外食券にても可)・・・・。  またまだ戦後の食糧難の時代は続いていたのですね。
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