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zoom RSS 四天王屋敷の探索A

<<   作成日時 : 2018/04/01 20:43   >>

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谷尻の地頭屋敷に四天王のお堂があつた? とすると。草ケ部の草ケ部に伝わるの多田屋敷に四天王屋敷があったのではないか?
 豊臣秀吉が高松城の水攻めのときに築地山常楽寺に残された禁制札には、築地山と多田屋敷の木や竹を伐ることを禁ずると書かれています。
フト・・・この多田屋敷が四天王屋敷であったのではないか?と思いつきました。上道町史には、この禁制札の但し書きとして、多田は神職であったとも付記されています。
 草ケ部村の西にある立河神社は備前国神名帳によると備前国古社128社の1社ですが、神社の東を流れる宮川の上流に、現在の仁王門と築地山常楽寺の本堂があることからして、多田屋敷は神社の神職などが居住していた屋敷であり、もう一つの四天王屋敷も近くにあったのではないか。
 そして神社の西の山中にには八丁石(岩)と云われている石切場の跡があり、念仏堂という地名も残されていることからして、この辺りにもう一つの四天王を祀るお堂があったのではないかと。
 友人を誘って探索したいと考えていますが、いま出没しているタケノコ荒しのイノシシと遭遇が心配です。

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