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zoom RSS 20才の青春、国家試験受験を目指して守口へ

<<   作成日時 : 2017/10/09 21:57   >>

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 邑久高校の普通科を卒業して、山陽電研に就職。先輩から、ヤスリ掛けから分電盤の組み立て、そして筐体の塗装まで、先輩から厳しく教えて頂き、私の特技として、その後の職場でも、大いに役立ちました。
 設立間もない会社の専務や係長は独学で電気技術者の国家試験の1級、2級を取得していると聞き、私も高校時代に通信教育講座のテキストを次兄に買って貰っては読んではいましたが。大阪の無線学校で本格的に国家試験の受験に取り組みたいと考えるようになりました。
 そしてついに、1年で山陽電研を退社。夜間部で勉強して昼間は働くということで両親の承諾を得て。今の大阪電気通信大学の前身の大阪電気通信高校の電波専攻科に入学。 守口市の橋波南町にあった学生寮に入りました。そして天満の職業安定所に通って失業保険の支給をうけながら夜間部に通ってはいましたが仕事がなく、親に甘えて2学期からは昼間部に編入させてもらいました。
 学生寮はバラック建てで、コンクリートの通路の両側に6帖の畳部屋が並び、手入り口の近くに食堂、奥に共同のトイレ。6畳に漁船や商船の無線通信士や技術士を目指した3人、風呂は歩いて10分もある銭湯に入り、帰りには、そのころ大阪では軒先を並べていた、お好み焼き屋で、一番安いイカ焼きを食べて空腹を満たしていました。机はリンゴ箱。夜遅くまで国家試験の問題集を暗記していましたが、寝るときは押入れから布団を出して、広島や三重などから来た仲間と枕を並べて、故郷のよもやま話などをしていました。

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