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zoom RSS 新制中学一年生は土運びの毎日

<<   作成日時 : 2017/05/03 19:29   >>

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 大東亜戦争(太平洋戦争)が勃発した年。昭和16年4月(1941)に私が小学校に入学したときは、それまでの尋常小学校から国民小学校に教育改革が行われました。そして昭和22年(1947)に中学校に入学したときも新制の中学の一年生でした。そして高校も新制の高等学校の1年生として入学。私たちの世代は教育改革に翻弄されました。
 新制の中学校は國府村と隣接した美和村、御幸村との組合立で設立されましたが、それまでの國府小学校の高等科の跡が仮教室でした。
 そして、吉井川に架かる備前大橋(当時はすぐ上流の御幸橋)のたもとにあった、御幸村の高等小学校の跡に移転して校舎が建て替えられました。
 しかし、昭和20年9月17日に鹿児島県の枕崎に上陸した枕崎台風によって、18日早朝、吉井川の氾濫、八日市の堤防が決壊。國府小学のある福里でも天井迄浸水、4日間も水が引かず、水が引いた後の教室の床には泥が溜り、清掃するのが大変で、勉強どころではありませんでした。
 また、自宅から4キロ離れた、一時間も歩いて通っていた中学校の校庭も、近くの八日市の堤防の決壊によって校庭は砂で埋まっていて、藁縄を編んだモッコや、前後二人で担ぐためのオオコ(棒)を担いで学校に通い、校名の由来でもある標高600mの熊山を眺めながら、毎日のように、運動場の整地に汗を流していました。
 今でも毎年、中学の仲間で同期会を開いていますが、少年時代の懐かしい思い出は尽きません。
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